突然死から患者を救うため、
難治性不整脈・心不全の治療を探究する。

脈が乱れる不整脈や、心臓の機能が低下する心不全。これらは加齢とともに起こりやすくなり、現在、心房細動と呼ばれる不整脈の患者数は国内で100万人を超えるとされる。

今後高齢化が進むにつれ患者数はさらに増えると見込まれており、さまざまな治療法の開発が試みられる中、1989年に国内で初めて行われた画期的な不整脈治療がある。それが不整脈に根治の可能性を示したカテーテル・アブレーションと呼ばれる治療法だ。1994年に保険適用となり、現在では、国内で年間10万例以上のカテーテル・アブレーションが行われている。

このカテーテル・アブレーション治療に30年以上にわたり取り組むのが、日本赤十字社愛知医療センター名古屋第二病院の吉田幸彦先生だ。心不全に対する心臓再同期療法にも詳しく、この分野での最前線を走り続けている。

長寿大国日本、老化が要因となる不整脈・心不全は国民病に

吉田先生は根治が難しい不整脈(※1)と心不全(※2)の治療を専門としており、カテーテル・アブレーションという治療法のスペシャリストとして知られている。はじめに、近年患者数が増えている難治性不整脈とは一体どういうものなのかを聞いた。

不整脈には治療が必要なものとそうでないものがあり、その種類は多岐にわたります。中でも「心室細動」は突然死につながる危険な不整脈で、治療が非常に困難です。高円宮さまやサッカー日本代表の松田直樹選手などが罹ったことで広く知られるようになりました。この他にも持続性心室頻拍など致死性・難治性の不整脈はありますが、これらは基本的に年間患者数が5,000 〜1万人という希少疾患です。

心室細動は心臓下部にある「心室」が不規則に震える不整脈で、発生すると脳への血流が止まり、数秒で意識を失う。

心室細動の多くが冠動脈疾患などの心疾患を原因としており、治療は緊急を要します。ただし、近年はAEDがいろいろな場所に設置されるようになったことで、以前に比べると救命される方がかなり増えてきています。

心室細動は再発のリスクも高い。しかし1990年代以降のICD(植込み型除細動器)の普及により、再発による突然死も減っているという。

これはペースメーカ(※3)と同じように体に植込み、心室細動を感知した際に電気ショックを与えることで心臓の働きを正常に戻す医療機器です。ICDのおかげで、再発による突然死をかなり予防できるようになりました。

心室とは異なる「心房」という箇所で発生するのが心房細動(※4)だ。これは脈が不規則に速くなる頻脈性不整脈の一種で、70歳以降の男性に多く、こちらは年間患者数が100万人を超える国民病ともいえる疾患だ。心室細動と異なり生命に直結するものではないが、捉え方によっては難治性とも呼べるという。

心房細動が起きる最大の要因は老化ですから、すべての患者様が加齢とともに進行します。カテーテル・アブレーション治療により症状改善の可能性は飛躍的に向上しましたが、老化による増悪を止めることはできません。そのため依然として難治性不整脈の一種といえるでしょう。心房細動は心臓の中に血の塊ができやすく、脳梗塞を起こす危険性があります。元読売巨人軍の長嶋茂雄さんや、先日亡くなられた元サッカー日本代表監督のイビチャ・オシムさんの脳梗塞も心房細動が原因とされています。

心房細動には個人差があり、患者の半数近くは自覚症状がない。そのため、自らが心房細動を起こしていることに気づかず、ある日突然脳梗塞を発症してしまう場合も少なくないそうだ。

そうならないように、日頃から定期的に健康診断を受けていただくことが大切ですね。

さらに高齢化とともに急増しているのが、心臓が血液を全身に送り出すポンプ機能が低下する心不全だ。

心不全の患者様は、軽症の方も含めて全体的に増えているのですが、その中でも入院による加療が必要な方が特に急増しています。根治する病気ではないので、上手に薬を服用しながら、生活習慣を改善しながらうまくつき合っていくというのが基本的な治療方針です。こちらも老化によって進行していきますから、そういった意味でやはり難治性といえます。

不整脈治療を劇的に進化させた「カテーテル・アブレーション治療」

不整脈は長く治らない病気とされていたが、カテーテル・アブレーション治療の登場によって軽快・根治が見込まれるようになった。元々はアメリカで開発された手術で、1989年頃から日本でも臨床応用が始まり、現在では保険適用の標準治療となっている。吉田先生はこの新しい治療法の黎明期から携わってきた。

たまたま中部地方での第1例目を当院が行うタイミングに私は研修医として勤務していたんですね。術者の介助者として治療に携わり「画期的な新しい治療が始まる」という空気を間近で感じることができました。この経験が、後に循環器内科を志す大きなきっかけになりました。

これはカテーテルと呼ばれる細い管を太ももの血管から体内に挿入し心臓まで進め、不整脈の原因となっている細胞を焼いて壊死させるという術式だ。

カテーテルの先端に電極と呼ばれる金属チップがついていて、高周波電流で先端が50〜60℃程度に温められます。それを不整脈の原因となっている肺静脈の入り口周辺に当てて焼灼するというもので、この治療法によりおよそ80%の患者様で心房細動をかなり起こりにくい状態にすることができます。不整脈の種類によっては完全に治ってしまうものもあります。

臨床当初はやはり課題も多かった。そのひとつが特殊な技術を要するという点だ。

当初はカテーテルの先端を細かく動かしながら、肺静脈入り口部を一点ずつ円周状に焼いて治療する必要がありました。これには指先の感覚を頼りにカテーテルを微細に動かすという、いわば匠の技が要求されます。私自身は経験してみて「これは自分に向いているのではないか」と感じたので専門に取り組むようになったのですが、高度な手技を求められる当時の術式は普及の妨げとなってきました。

しかし、この点も医療技術の進歩で、大きく様変わりしてきたという。

2014年頃から国内で始まった冷凍凝固アブレーション(※5)という新しい治療法により、広い範囲を面で焼灼できるようになりました。また、医師が今どれくらいの強さでカテーテルを押し当てているかがモニターを介してリアルタイムにわかるコンタクトフォース・カテーテルなどの新しい医療器具も現場で使われるようになっています。これらの医療技術や器具の進歩により、症例を重ねた熟練医師でなくとも、カテーテル手術による治療ができる環境が整っていきました。

これら新しい技術が普及するにつれ、治療成績も大きく向上した。

カテーテルの先を動かして1点ずつ焼いていた時代には、およそ半分の人しか症状の改善が見られませんでしたが、現在は約80%の患者様に改善が見られますので、この30年ほどの間に目覚ましい進歩を遂げたといえます。

急ピッチで進む技術開発の背景には、患者数の増加がある。1人の医師が治療できる患者は、年間200人程度。すべての患者にこの治療法が行き渡るためには、医師の熟練を待っていられないという事情があった。

1人の医者が一生に治療できる患者様の数は限られています。だから私たちがこれまで培ってきた治療技術を若い世代に伝承していくことも重要な使命なのです

しかし80%に症状改善が見られるということは、残り20%の患者には効果がないということでもある。現在、こうした患者に対しても効果が期待できる新しい治療法が開発され、普及に向けて動き出している。

この患者様たちの問題は、血栓ができやすい状態が続くこと、つまり脳梗塞のリスクです。中でも抗凝固薬の長期服用が難しい患者様に対して、このリスクを低減できる左心耳閉鎖術(※6)を、当院ではいち早く治療に取り入れています。まだ愛知県内でも数件の病院でしか行っていないので、この新しい治療法を広めていくことが今後の目標のひとつですね。

自覚症状がないまま忍び寄るリスク。早期発見・早期受診こそ最善手

その他、不整脈・心不全の治療にはどのようなものがあるのだろうか。

まずは薬物療法があります。心房細動のような脈が速くなるタイプの不整脈には、乱れた心臓の電気信号を抑制する抗不整脈薬や、血栓を予防するための抗凝固薬が使われることが多いです。逆に脈が遅くなる徐脈性不整脈には、現状はペースメーカによる治療が主流ですね。薬もあるのですが効果が不確実なので、ペースメーカでの治療が難しい場合に使われています。心不全に対しても利尿剤や血管拡張薬をはじめとした薬物療法が用いられることが多いです。

吉田先生が専門とする非薬物療法の分野ではどうだろう。

カテーテル・アブレーション治療のほか、先ほど少しお話しした致死的不整脈の患者様に対するICDを用いた治療、ご高齢の患者様の徐脈にはリードレスペースメーカを用いた治療などを行っています。また、難治性心不全の患者さんには心臓再同期療法(※7)を用いた治療を行っており、これによりある程度心不全が進行した患者様の入院回数を減らすことができるようになりました。

心不全は症状が進行した場合、最終的には心臓移植をするほかない。しかし、我が国では倫理面の問題やドナー不足など、さまざまな理由から実施が困難であるため、早期発見と早期治療に努めることが何より重要だと話す。

やはり定期的に健康診断を受けることが大事です。これは不整脈も同様ですが、高血圧や糖尿病、高コレステロールなどの生活習慣病が基礎疾患となって発症することが多いですから。もちろん健康診断で心電図に異常がみられたら、専門医の再受診を早めに受けてほしいですね。

健康診断で出たアラートを、どこまで患者が受け止めて行動するか。せっかくの早期発見を治療につなげるためには、行動に移すことが重要になる。しかし働き盛りの40代、50代がなかなか受診できないまま、2〜3年の間に病気が進行してから発見されることも多いという。

レントゲン写真を見るだけでも、心臓がだんだん大きくなってきているのがわかりますから、心不全の早期発見は割と簡単にできます。突然死につながる急性心不全にも予兆はあります。軽い動作ですぐに息切れしてしまうだとか、足がむくむだとか、横になるよりも座った方が呼吸が楽だとか。病気の進行を食い止めるためには、そういうサインを見逃さず治療につなげることが重要です。

不整脈・心不全の予防には、やはり生活習慣の改善がポイントとなる。

普段から予防のために塩分やアルコール、カロリーのとり過ぎに注意し、適度に運動をする生活を送るべきですね。不整脈や心不全の診断があった後にも、生活習慣の改善と並行して薬を使ってできるだけ病気の進行を遅くして…というのが基本的な治療方針にはなりますから。予防に一番大事なのは、やはり正しい生活習慣で日々を過ごすことだと思います。

一人でも多くの方に病気の怖さ、治療の重要性を伝えていきたい

吉田先生はウェブサイト上での情報発信や、著書の執筆、市民公開講座での講演など一般市民に向けた啓蒙活動にも力を入れている。その目的を伺った。

この病気で苦しむ患者様を、できるだけ減らしたいという想いで続けています。病気の治療には早期発見が最も重要ですが、患者様が普段体に異変を感じたとしても、それが病気と関係あるものなのかは、なかなかわからないものです。私が病気の前兆となるような代表的な症状や、生活習慣改善の重要性を啓蒙することで、不整脈や心不全の進行を食い止めることができるのなら、それはとても意義のあることだと思っています。

例えば市民公開講座では、どのようなことを伝えているのだろうか。

やはり生活習慣の改善が病気を未然に防ぐということですね。具体的には禁煙のすすめや、欧米型の高カロリー生活の見直し、適度な運動習慣の推奨、塩分の摂り過ぎに注意することなどを伝えています。皆さん「自分はそんなに塩分を摂っていない」と言われるんですけど、お漬物1枚で1日に必要な塩分の半分程度を摂っていますからね。そのあたりの認識を改めていただけたらと。

今後の課題としては40代〜50代の方々の参加を促すことだと吉田先生は語る。働き手の世代の方々に病気の怖さ、治療の重要性を伝える必要があると感じているためだ。

病気への関心が高い高齢者の方は多くいらっしゃいますが、40代や50代の方はお忙しいこともあってか、なかなかお越しいただけません。働き盛りの皆さまにこそ聞いていただきたい内容ですので、今後そうした方々にも伝えていく術を考える必要があるのかもしれませんね。

課題を感じる一方で、活動の手ごたえも感じている。

私の講演をきっかけに受診された方が多くいらっしゃいますし、ご本人からご家族に伝わり、ご家族の方の受診につながったケースもありました。地道ではありますが、やはり大切な活動なんだなという実感はあります。

吉田先生がこのような活動に力を入れているのは、もうひとつ理由があった。それは先生のルーツに関わるという。

私の父は若くして脳梗塞を繰り返し、寝たきりに近い状態になりました。当時は誰にもわかりませんでしたが、今考えれば心房細動が原因だったのではないかと考えています。やはり「早い段階で適切な治療ができていたら」という想いがありますから、患者様の治療だけでなく、病気を未然に防ぐ活動こそが私の果たすべき役割なのではないか、そう考えるようになったんだと思います。

そもそも医師を志すようになったのも、父や祖母の病気がきっかけだった。その後医学部に進学し、研修医として名古屋第二赤十字病院に配属された。

父のことがありましたから、大学を卒業した時点では脳梗塞を診る神経内科を目指していました。しかし、この病院で研修を始めてみたら、循環器内科がかなり先進的な医療に取り組んでいたんですね。素晴らしい先輩方も多く在籍し、とても魅力的に感じられました。

患者の症状が劇的に改善する様子を目の当たりにするうち、吉田先生は循環器内科の専門医を目指すことを決意した。

結果的に、父が罹った心房細動による脳梗塞を減少させることがライフワークのひとつになったことには、いつも何かしら運命的なものを感じています。両親への感謝を胸に、これからもより良い治療法の追究や社会への啓蒙、後進の育成に努めたいと思います。

理解が深まる医療用語解説

※1)不整脈

不整脈には脈が速くなる「頻脈性不整脈」と遅くなる「徐脈性不整脈」、脈が飛ぶ「期外収縮」の3つがある。突然死の危険性など生命に関わる不整脈から、治療の必要がない不整脈まで種類は幅広い。

※2)心不全

心臓のポンプ機能が低下し、十分な量の血液を全身に送れなくなる状態。心臓に起因する死因で最も多い。これにより肺や肝臓などに血液が滞ることで呼吸困難や動悸、むくみなど、さまざまな症状が引き起こされる。

※3)ペースメーカ

患者の胸部や腹部に植込み、リードの先についた電極で心臓に電気刺激を与える医療機器。主に脈が遅くなる徐脈性不整脈の治療に用いられる。

※4)心房細動

心房に異常な電気信号が高頻度に発生し、脈拍が乱れる状態。突然発作のように起きる発作性心房細動と、常に心房細動の状態が続く慢性心房細動にわかれる。

※5)冷凍凝固アブレーション

電極と呼ばれる金属部分の代わりに風船を取り付け、カテーテル内を還流する冷却剤によってその風船を冷やし原因箇所に押し付けることで壊死させるという手術。広い範囲を一括して短時間で焼けるメリットがある。

※6)左心耳(さしんじ)閉鎖術

心房細動の患者の中には従来の治療が適さない方もいる。そういった患者に対して、血栓が形成される心臓内の左心耳をカテーテル術により閉鎖し、脳梗塞の予防をするという治療法。

※7)心臓再同期療法(CRT)

心臓再同期療法(Cardiac Resynchronization Therapy)は重症心不全に対する新しいペースメーカ療法で、体に埋め込んだペースメーカを使い心臓のポンプ機能の改善をはかるというもの。

プロフィール

日本赤十字社愛知医療センター 名古屋第二病院
副院長
兼 循環器内科部長
吉田 幸彦 (よしだ ゆきひこ)

プロフィール
1989年 日本赤十字社愛知医療センター名古屋第二病院 研修医 その後循環器内科医として勤務
1996年 愛知県立尾張病院 循環器内科 医長
1998年 名古屋大学医学部附属病院 医員
2000年 名古屋大学 論医博2794号
2001年 日本赤十字社愛知医療センター名古屋第二病院 循環器内科 副部長
2008年 日本赤十字社愛知医療センター名古屋第二病院 循環器内科 部長
2016年 日本赤十字社愛知医療センター名古屋第二病院 副院長

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日本赤十字社愛知医療センター 名古屋第二病院
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