自分らしく、強く賢く美しく―― “性”に主体的に向き合い、自分を大切に生きてほしい

避妊薬として知られるピルは、月経関連の症状を改善するだけでなく、 女性特有のがんのリスクを低下させることにも有効であることを知らない女性は多い。 また接種すれば優れた予防効果が期待できる子宮頸がんワクチンの接種率だが、 日本では1%以下と、他の国に比べるとかなり低いという課題を抱えている。 産婦人科医の丹羽咲江先生は「薬やワクチンによって自分の体を管理しコントロールできる」と語る。 困ったときに何でも相談できる“駆け込み寺”のような開かれた産婦人科をめざし、2002年に咲江レディスクリニックを開院。 現在、小学生から70代まで診療し、その患者数はのべ5万人に達する。 「男と女、体の違いをお互いがきちんと理解し、対等な関係を築いていってほしい」という願いを持ち、 一人ひとりのライフステージに寄り添った治療を行う丹羽先生に、“性”との付き合い方を伺った。

何でも相談できる居場所を作りたい

日に100人の患者を診るなど豊富な医療経験や自らの子育てを通して、 さまざまな立場の女性をサポートしてきた丹羽先生。 産婦人科医をめざしたきっかけや、医療者として心掛けていることを伺った。

産婦人科医だった私の父は、当時ベビーブームだったこともあって、四六時中駆けずり回っていました。 そんな父を見ていて「楽しそうな仕事だし将来は父の助けになってあげたい」と思ったのが、 産婦人科医をめざしたそもそものきっかけです。 その後医大に入ったものの、私は優秀な学生ではなくて遊んでばかりいました。 でも周りの友人や同級生は真面目な人ばっかりで、そのときふと、 一般的な考えや女性としての苦労が分かる医者がいてもいいんじゃないかと思い 「困ったときに何でも相談できる駆け込み寺的な産婦人科をいつか作りたい」と考えるようになりました。 クリニックを開院しておよそ20年。 医師として心掛けているのは「こんなことを聞いてもいいのだろうか、話してもいいのだろうか」 と思い悩む患者さんの気持ちに寄り添った、安心安全な医療の提供です。

生理痛は当たり前じゃない、つらいと感じたら受診を

2016年に日本産婦人科学会が行った調査によると、働く女性の76.9%が生理痛や月経前症候群(PMS)(※1)など、 月経に関連する体調不良が仕事に影響を及ぼすと回答している。 一方で生理痛などの症状での受診率は約10%と低く、鎮痛剤や市販薬などで対処しているのが現状だ。 丹羽先生はこれら月経関連の症状を改善する低用量ピルの普及に力を注いでおり、「学割ピル」など全国的にも珍しい取り組みを行っている。

元々は私の師である、日本家族計画協会会長の北村邦夫先生に性教育を広めるよう指導を受け、 避妊用ピルを処方し始めたのがきっかけです。 その後、月経困難症(※2)や子宮内膜症(※3)の治療薬としてのピルが出ると、 効果を実感してどんどん使った方が良いと考えるようになりました。 実は私自身も30代後半に離婚を経験して体調を崩した際、 ピルを服用したことで劇的に月経前のイライラや倦怠感など回復したんです。 ホルモン剤が体に与える影響の大きさを痛感し、もっと普及に努めるべきだと思いました。 そもそも女性の8割に生理痛があり、うち半数はかなりの痛みを感じていることが分かっています。 つまり、3人に1人はひどい生理痛に悩んでいるはず。 必要のない我慢をしたあげく、子宮内膜症や不妊症の治療を余儀なくされることにもなりかねません。 ピルを服用すれば経血量が減り、痛みも軽減されます。 月経周期を調節できますし、3、4カ月に1回の月経サイクルにもできます。 昨今、男女平等がうたわれ女性の社会進出が当たり前になっていますが、 月経や妊娠・出産など体のメカニズムとしては、女性の負担が大きいのは紛れもない事実です。 QOLを高めるためにもピルを上手に活用してほしいですね。 注意点としては、副作用として血栓症になるリスクが上がること。 当院では定期的な血液検査、血圧の測定を行い、安全に服用できるようにしています。 ただし50歳以上の方は、閉経していなくても血栓症のリスクが高まるため、ピルの服用は禁忌となります。

ピルは女性特有のがんのリスクを低下させる

低用量ピルは女性特有のがんのリスク低減にも極めて有効だ。 服用期間が長いほど発症リスクは低下し、卵巣がんは5年で30%、10年で40%、15年で50%、 子宮体がんは3年以上飲めば50%、10年以上では80%まで低下することが分かっている。 これらの効果は服用をやめても少なくとも20年継続する。

ピルを飲むことで排卵が止まるので、卵巣へのダメージを軽減させ、卵巣がんのリスクを低下させます。 またピルに含まれているプロゲステロンというホルモンにより、 子宮内膜の増殖を抑制することから子宮体がんの発症リスク低下にもつながります。 さらに、ピルの処方と同時に勧められるがん検診によって定期的にチェックする習慣が身に付くので、早期発見にもつながります。 子宮頸がんに関しては性交経験のない若年層は基本的に必要ありませんが、 女性特有のがんはその他にも子宮体がんや卵巣がんもあります。 20、30代になったら年に1度は検診を受けた方が安心できると思いますよ。

自分に合ったピルを選ぼう

ひとくちにピルといってもさまざまな種類が処方されており、 女性ホルモンの含有量や特徴の違いによって作用が異なる。

ピルには卵胞ホルモン(エストロゲン)と黄体ホルモン(プロゲステロン)という2つのホルモンが含まれていますが、 卵胞ホルモンの量によって中用量ピル、低用量ピル、超低用量ピルの3種に分けられます。 避妊を目的とする場合は低用量ピル、月経痛の治療などに使う場合は超低用量ピルを処方することが多いです。 避妊を目的としたピルは自費診療にあたりますが、月経困難症の治療で服用する場合は保険診療となります。 これまで月経痛の治療目的のピルは28日周期のものが主流でしたが、 最近は月経回数を減らした方が子宮内膜症になるリスクが下げられるということで、 3、4カ月に1回月経が起こる長期周期タイプが登場しました。 どのピルを使うかは目的や体の状態によるので、 医師に相談して自分に合ったピルを選んでいただきたいと思います。

ワクチン接種で予防できる子宮頸がん

メリットの多いピルだが、服用期間によっては子宮頸がんのリスクが増えるとされている。 子宮頸がんはヒトパピローマウイルス(HPV)(※4)の感染が原因。 感染経路は性的接触で、性交渉の経験がある女性のうち50~80%はHPVに感染していると推計される。 子宮頸がんのワクチン接種は世界100カ国以上で行われており、 イギリスやオーストラリアでは接種率が80%を超えるが、日本は1%未満だ。

子宮頸がんはワクチンを接種すれば優れた予防効果が期待できるので、打つことをおすすめします。 HPVは100種類以上ありますが、子宮頸がんなどを引き起こすハイリスクのウイルスは約15種類とされていて、 20代の子宮頸がんの原因の9割を占めるHPV16・18型に効果のある2価ワクチンと4価ワクチンの接種は、 現在小学6年生から高校1年生までの女子が無料で受けられます。 年齢とともにこの2つの型以外のものによるがんが増えていくのですが、 2020年7月に9価ワクチンが承認され、今年2月から販売が開始されました。 打つ年齢に制限はないですが、9~45歳くらいが目安とされています。 ただ、接種しても100%防げるわけではないので、がん検診と両輪で備えてほしいと思います。 副反応について報道されてから接種率が1%以下に下がってしまいましたが、 これほど接種率が低い国は日本をおいてほかにありません。 子宮頸がんを患う女性は年間1万1,000人にのぼり、およそ2,800人が亡くなられています。 進行がんの場合、検診を受けていたにもかかわらず、半年で手遅れになる可能性もあります。 接種率が非常に高いオーストラリアでは、2013年から男性も定期接種対象者になっています。 日本でも2020年12月から4価ワクチンが男性に打てるようになりました。 HPVが原因で発症する陰茎がんなども予防できることが分かっているので、 ぜひ男性も関心を持っていただきたいと思います。

日本の遅れた性教育に風穴

全国に先駆け、2010年に思春期外来を立ち上げた丹羽先生。 学校に赴き、中高生を対象にした「性教育」にも熱心に取り組んでいる。

現在はコロナ禍なのでリモートが主ですが、以前は年間に4、50回ほど高校や中学校に赴いて性教育を行っていました。 月経や妊娠・出産、性感染症など、性にまつわる話はいやらしいことでも隠すことでもなく、現実のこと。 男子生徒には「将来彼女ができたときのためにも、 男性と女性の体の違いをよく知っておいてほしいから熱心に聞いてね」というと、真剣に耳を傾けてくれます。 考えさせられたのは、少年院に赴いたときのこと。 「先生、僕たちはアダルトビデオ以外に、何をお手本にすればいいんですか」と言われたときは言葉に詰まりましたね。 スウェーデンをはじめとする北欧諸国や英国では、助産師や看護師が常駐する「ユースクリニック」を開設し、 高校生のカップルが性の悩みを気軽に相談したり、避妊具をもらいに来たりします。 男性のために作られた日本のアダルトビデオでは、性交渉には同意が必要とか、 話し合ってふたりで決めることが大切とか、当たり前のことが伝わっていません。 女性は月経や出産など男性とは違う特性があります。 男性には男性の特徴があるので、男女の違いをお互いがよく理解して、 性における対等な関係の築き方やキャリア形成におけるパートナー選びの重要性を中高生のうちから学んでほしいと思っています。

“性”における男女対等な関係性をめざし、一人でも多くの女性をサポートする

丹羽先生は“性”における男女の対等な関係、健全なあり方をめざし、 全国的にも珍しい「性交痛」の治療にも力を注いでいる。

20、30代女性の実に7割が性交渉時に痛みを感じるといわれているにもかかわらず、 熱心に治療にあたっている病院はほぼ皆無。 でも、私は女性だけが痛みを我慢するのはあってはならないことと考えていて、 “性”における男女の対等な関係、健全なあり方を重要視しているんです。 当院には九州や東北など全国から、1日に20人ほどの患者さんが性交痛の治療に来院しますが、 皆さん本当に困っていらっしゃいます。 男性の体に触れることさえ怖いという方もいて、一生男の人と付き合えないんじゃないか、 結婚して子どもも持てないんじゃないかと女性としての自信を失い、途方に暮れている。 そうした患者さんの話をよくよく聞いてみると、性に対する偏った考え方、 情報を押し付けられてきた中で負のイメージが付いてしまった背景が浮かび上がってきます。 診察すると、性交痛のある方は冷え性や血行が悪い人が多く、 粘膜が非常に弱いため痛みを感じるであろうと所見で分かる方もいらっしゃいます。 そうした方たちが治療を経て痛みから解放されると、 表情が明るくなって「生きていてよかった」とまでおっしゃる方もいます。 もちろん、性交渉ができる=女性の幸福とは思いませんが、 できなかったことができるようになると自信も付きますし、うれしいですよね。 非常に特殊で難しい治療ではありますが、 一人でも多くの方が幸せを感じるお手伝いができたらと思い、自己研鑽を重ねる日々です。

最後に現代社会で男性と対等に生きていきたいと考える女性たちに向けたメッセージを伺った。

自分らしく、強く賢く美しく。 正しい知識を持ち、自分で自分の体をきちんと管理しコントロールする賢明さによってストレスをためず、健やかに笑顔で毎日を過ごしてほしいですね。

理解が深まる医療用語解説

※1)月経前症候群(PMS)

月経前に起こるイライラや情緒不安定、胸の張り、むくみ、体重増加などの精神的あるいは身体的症状のこと。 別名はPMS(Premenstual Syndrome)。

※2)月経困難症

月経の期間中に起こる下腹部や腰部などの疼痛や頭痛などの病的症状のこと。 何らかの原因となる病気があることで起こる器質性月経困難症と、原因となる病気がない機能性月経困難症がある。

※3)子宮内膜症

何らかの原因で、子宮内膜またはそれに似た組織が本来あるべき子宮の内側以外の場所で発生、発育する疾患。 月経周期に合わせて増殖し、月経時の血液が排出されずにプールされ、周囲の組織と癒着して痛みをもたらす。不妊症の原因にもなる。

※4)ヒトパピローマウイルス(HPV)

HPV(Human Papilloma Virus)には100種類以上の型があるといわれており、 悪性(がん)化するものと、良性の腫瘍になるものがある。 悪性化するタイプをハイリスクHPVと呼び、 HPV16、18型をはじめ31、33、35、39、45、51、52、56、58、59、68型などがある。 一方、尖圭コンジローマ(性器周辺にできる尖った形のイボ)などの良性腫瘍の原因となるHPVはローリスクHPVと呼び2、3、4、6、10、11型などがある。 ハイリスクHPVに感染したとしても、90%の女性は自己の免疫力で数年以内にHPVウイルスを自然排除できるが、 ごく一部の女性は排除されず、子宮頸がんや尖圭コンジローマなどに変成する。 日本で使用されているHPVワクチンは2価、4価、9価の3種類がある。 2価はハイリスクHPVである16、18型、 4価は16、18型に加えてローリスクHPVである6、11型、 9価は子宮頸がんの原因となる約90%のHPV16、18、6、11、31、33、45、52、58型の感染を防ぐ。

プロフィール

咲江レディスクリニック
院長
丹羽 咲江(にわ さきえ)

プロフィール
1991年3月 名古屋市立大学医学部卒業
1991年5月 国立名古屋病院勤務(現名古屋医療センター)
1996年4月 名古屋市立城北病院勤務(現名古屋市立西部医療センター)
2002年1月 咲江レディスクリニックを開院

▼今回はこちらを訪れました!

咲江レディスクリニック
〒464-0066 名古屋市千種区池下町2-15 ハクビ池下ビル5F
TEL:052-757-0222
https://www.sakieladiesclinic.com/