熟練された手技を
次代に繫ぐ責務を果たす。

がん、心疾患、脳血管疾患。これらは一般的に「3大疾病」と呼ばれ、日本人の死因の半数以上を占めている。2021年度の死亡原因トップはがんで、次に多いのが心疾患だ。

心疾患はいくつかの種類に分類され、代表的なものに虚血性心疾患がある。これは心臓を覆う冠動脈が狭くなることで心筋に酸素が行き渡らなくなる病変で、重度のものは生命に関わる。

虚血性心疾患の一種であるCTO(慢性完全閉塞 ※1)は、狭窄が長期にわたり発見されず冠動脈が硬く詰まってしまうものを指す。治療の難しい患者が多く、効果的な治療法の開発が急がれていた。

このCTOの治療に劇的な進化をもたらしたのが、PCI(※2)と呼ばれるカテーテル手術である。1977年にスイス人医師によって開発された後、1990年代〜2000年代にかけ治療成績が大幅に向上した。この新しい治療法の発展と普及に尽力した医師の一人、豊橋ハートセンターの土金先生にCTO-PCIの過去と現在、そしてこの先の展望について聞く。

生活習慣がむしばむ病は、若年層をも襲う時代に

虚血性心疾患全体の患者数はここ数年横ばいで推移しているが、近年は若年化が特に目立つという。

生活習慣の欧米化により、特に若い世代が動物性たんぱく質や脂質を多く摂取するようになったことが大きな要因だと考えられています。以前は高齢者特有の病気とされ、患者さんは若い方でも50代でした。しかし最近は40代で当たり前に見られるようになり、中には30代の患者さんもいらっしゃいます。これは私が医師になった30数年前には考えられなかったことで、虚血性心疾患のリスクファクターである糖尿病の若年化と無関係ではないでしょう。

心筋梗塞(※3)などで知られる虚血性心疾患の中で、土金先生が専門にしているのがCTOだ。これは3カ月以上にわたり冠動脈が塞がり続ける病変を指すのだが、心臓に酸素が届かない状態で数カ月もの間、問題なく過ごせるものなのだろうか。

冠動脈は3本ありますので、そのうちの1本が詰まっても他の2本がカバーしてくれます。だから患者さんが気付かないまま病気が進行してしまうんですね。特にご高齢の方は多少の自覚症状なら我慢してしまう傾向にありますので、2本目、3本目の冠動脈が詰まり重症化した時点で来院されることも多くあります。

虚血性心疾患の中でも特にCTOのPCI治療は難しいとされる。それはなぜか。

冠動脈が狭くなる原因の一つに血栓があるのですが、急性心筋梗塞などは血栓が軟らかいため、比較的カテーテルの先を通させやすい。しかし詰まりはじめてから時間が経過しているCTOの場合は、石灰化が進み血管中が硬く詰まるような病変が多々見られ、手術を行う医師に高度な手技が求められるのです。

しかしこれまでにさまざまな症例を経験したことでPCIの術式は成熟期を迎え、CTOは治せる病気になりつつある。

私が若い頃はまだ手探り状態でしたが、現在は安全に手術ができる技術が確立されていますので、患者さんは安心して受けていただければと思います。

ただ、動脈硬化などの生活習慣病が原因である以上、抜本的な治療は生活習慣の改善のほかに手がない。

低侵襲の手術で治るということもあって、生活習慣をガラッと変えるには至らず数年後に再発してしまう患者さんが多く、そのあたりの啓蒙活動も今後の課題ですね。早期発見が重要なのは他の病気と変わりません。運動すると胸が苦しくなるような症状がある方は、早めに医師の診察を受けたほうがいいでしょう。

日本のCTO-PCIは医師たちの情熱とともに飛躍し、世界をリード

では、具体的にどのような方法で冠動脈の狭窄を解消するのか。

冠動脈の血流を回復させる方法には、主に2種類あります。一つは昔から行われている冠動脈バイパス手術です。これは患者さんの肩口から派生する健康な動脈を使ったり、腕や足から動脈や静脈を切り取ったりして、詰まった冠動脈を迂回する血管を新たに設け、心筋の血流不足を改善するというものです。

全身麻酔で開胸する手術であるため、当然のことながら侵襲度(※4)が高く、患者にかかる負担は大きい。高齢者に多い病変であることなどから、現在はもう一つの方法、低侵襲なPCIが主流になっている。

これは手首や太ももなどの太い血管から細いチューブを挿入して心臓まで進め、中を通るガイドワイヤーを操作しながら冠動脈の狭くなった箇所を押し広げたり、詰まったものを削りとったりする治療法です。日本では1980年代初頭に臨床で使われはじめ、そのすばらしさに感銘を受けた医師たちが開発に参加しました。何しろ従来型のバイパス手術では1週間ほどの入院が必要ですが、この手術は局所麻酔でできることもあってわずか1泊の入院で済みますからね。

CTO治療にカテーテル治療が適している理由はもう一つある。それは再発したときの治療のしやすさだ。

虚血性心疾患は加齢と共に進行するため、バイパス手術後の時間経過により別の箇所にある血管が狭くなることもあります。開胸手術をするとどうしても心膜の癒着が発生してしまい、これが再手術時の障害になるんですね。PCIはこうした問題が起こりにくいため、再発時の治療という面でも優れているといえます。

現在はCTOの治療法として用いられるPCIだが、それもここ20〜30年で急速に発展・普及したものだ。

臨床で使われはじめた当初はシンプルな病変にしか適用できず、治療できる範囲も限られていましたし、再狭窄(※5)も頻発していました。

その後1990年代後半にかけてカテーテル器具の大幅な進化や、冠動脈ステント(※6)を用いた新たな術式の開発などもあり、治療成績は向上の一途をたどっていく。そしてCTO-PCIにおいて日本が世界をリードしている要因の一つが、優れた医療機器メーカーの存在だ。

もちろん多くの優れた医師たちが開発に取り組んだことが最大の要因ですが、医師の力だけではここまでの発展はあり得ませんでした。国内で高品質なカテーテル器具をつくるパートナーに恵まれたことも、数々の技術的課題をクリアできた要因であることは間違いないでしょう。

黎明期から現在の成熟期にかけ、土金先生はこの道のオーソリティーたちから教えを受けながら、CTO患者の治療およびPCI技術の進歩に力を尽くしてきた。

CTO-PCIはその後2000年代にかけてさらに飛躍的な進化を遂げました。1990年代の成功率は60〜70%程度と低いものでしたが、急性閉塞や慢性期再閉塞・再狭窄、高度石灰化などの問題を一つ一つ克服し、現在では90%以上にまで高まっています。今改めて当時のことを思い起こすと、隔世の感がありますね。

世界を飛び回る日々の先にある、確かな技術の広がり

そもそも土金先生が循環器内科の道に足を踏み入れたのは、PCIとの出会いがきっかけだった。

私が医師になりたての頃に勤めていた病院で、当時最先端だったPCIに出会ったんです。急性の虚血性心疾患で生死の境をさまよっていた患者さんが、嘘のように快復する姿に衝撃を受け「この治療法を身に付けたい」と今の道を志すようになりました。

若かりし土金先生は懸命にPCIの習得に励んだが、その道のりは平たんなものではなかった。

CTO-PCIの草分け的存在である医師に師事しましたが、当時は体系的な教育メソッドなどありませんから、私は先生の背中を見ながら、見よう見まねで習得していくほかありませんでした。

技術的なハードルの高さゆえに、普及はなかなか進まなかった。その後土金先生を含む多くの医師たちと医療器具メーカーが繰り返し改善に取り組み、特殊な技術を持たずとも治療に取り組める土台を築き上げてきた。

どれだけ技術が進歩しても、やはりさまざまな症例を経験した医師にしか治せない病態はあります。我々が経験した数々の症例、進化の過程で蓄積した知見を、若い医師たちにいかに受け継いでいくか。それが近年の私のライフワークになっています。

CTO-PCIの技術を若い医師たちに伝承するため、土金先生はどのような取り組みを行っているのだろうか。

2000年代の中頃から「CTO-PCIを教えてほしい」と、特に海外の医師や病院から声をかけられる機会が増えてきました。この頃から私は、患者さんの治療にあたる傍ら日本全国および世界各国に出かけてCTO-PCIを普及させる活動を始めました。

世界的な関心の高まりから、熟練医師の手術を生中継するライブデモンストレーションは盛況が続いていた。土金先生も例外ではなく、文字通り世界中を飛び回る日々を送ることになる。

ピーク時には欧州、北米、アジア、オセアニアの各国を巡りながら、年間200件を超える手術を行ってきました。現地の手術室で私が執刀する様子をライブで解説しながら、多くの医師にこれまでに得た経験と技術を伝えようと試みてきました。

しかし2009年頃に「見学するだけでは技術は身につかない」と気づいて以降、若い医師が実際に手術する機会を設けるなどして、より確実で効率的な教育環境を整えてきた。

やはり手術は「自分の手を動かさなければ身につかないのではないか」「教育法としてはベストとは言えないのではないのではないか」と考え、私が手術をするのではなく、若い医師の手術を私が指導し、その一部始終を、指導を受ける術者と同世代の先生方に直接見学してもらい、経験を共有していただくというやり方に切り替えました。CTO-PCIの恩恵を世界の患者さんたちに届けようと思っても、やはり私一人でやれることには限界があります。私に近い技術をもつ術者を一人でも多く増やせば、より早く効率的に普及が進むのではと考えた結果です。

先人たちの魂を、若い医師たちの心に伝える

そのほかにもさまざまな教育活動に取り組み続けてきた土金先生。20年にわたる活動の成果が徐々に現れはじめているという。

最近は高い技術レベルをもつ医師が育ってきていて「よく治したね」と感心する症例報告を受ける機会が増えています。本格的な成果が現れるのはもう少し先だとは思いますが、こういうことがあると純粋にうれしい気持ちになれますね。

若手医師の教育にあたり大切にしていることとは。

若い医師は自らの技量を高めることに熱心ですから、手術の機会があればどうしてもやりたがるわけです。しかし、きちんと患者さんの状態、病変部の状態を見極めてから取りかからないと、熟練医師であれば予見できた合併症などを招いてしまうかもしれません。単に手順や知識を教えるのではなく、正しい戦略に基づいた治療ができる力を身につけてもらうこと。それを念頭に置いて指導するよう心がけています。

現在、CTOのカテーテル治療は高いレベルに達し、グローバル規模での成熟が進んでいる。今後はどのような活動が求められるのだろう。

これからは成功率の追求ではなく「いかに安全に、かつ余計な時間をかけずに開けるか」というテーマが重要になってくると思います。PCIは局所麻酔で患者さんに意識がある状態で行うため、例えば1時間かけるのと3時間かけるのとでは、患者さんにかかる身体的、精神的な負荷が大きく変わります。あとは医療従事者にかかる負荷も軽減することで、トータルな医療の質の向上にもつながるはずです。

もちろん早ければいいという単純な話ではない。手順の効率化を含め、患者一人ひとりに合わせた治療戦略を計画する力がこれからは特に重要になってくると話す。

治療法が確立された現在、いざ手術となったときに医師の上手い下手で成功率が左右されるようなことはほぼありません。CTO-PCIは事前の準備で8割が決まります。患者さんごとに最適な治療戦略を立てるためには、術者一人ひとりができるだけ多くの症例を経験することが何より重要です。今後も引き続きその部分を重点的にフォローしていきたいと考えています。

現在も症例検討会の開催や、各種動画コンテンツのアーカイブ化などの取り組みを通じ、誰でも学びたいときに学べる環境づくりを推進している。最後に、後進の育成にここまで注力する理由を聞いた。

偉大な先人たちから受けた薫陶を受け継いでいくことが、私の果たすべき責務だからです。心置きなく後進に任せられるよう、この先も教育に軸足を置いて活動していきたいですね。

理解が深まる医療用語解説

※1)CTO(慢性完全閉塞)

chronic total occlusionの略語。3カ月以上放置された冠動脈の閉塞病変を指す。カテーテルを用いた治療法が登場するまでは開胸手術の他に術がなく、高齢者に多いCTO治療のハードルとなっていた。

※2)PCI(経皮的冠動脈インターベンション)

太ももなどの太い血管から挿入したカテーテルにより詰まった冠動脈を広げるなどして血流を取り戻す手術のこと。1977年にスイス人医師が考案し、その後世界中の医師たちの手により発展を重ねた。

※3)心筋梗塞

動脈硬化などで冠動脈の通り道が狭くなり、酸素の供給量が不足することで心筋細胞が壊死する病気。激しい胸の痛みに襲われ突然死の原因にもなる。60歳以降の男性に多い。

※4)侵襲度

手術による切開などの外的要因により、体内の恒常性を乱す度合いを表したもの。これが高いほど患者への負担が増すため、治療成績や予後に悪影響を及ぼすケースが増加するとされる。

※5)再狭窄

PCIの術後に病変部が再び詰まってしまうこと。手術時に血管の内側についた傷を修復しようとする動きにより発生するとされる。予防法などの開発が進み、現在発生率は数%程度にまで低減している。

※6)冠動脈ステント

PCIで用いられるメッシュ状をした筒形の医療デバイス。カテーテルの先端に取り付け冠動脈内に留置させることで、血流を保持するとともに再閉塞を予防する。

プロフィール

豊橋ハートセンター
循環器内科 スーパーバイザー
土金 悦夫(つちかね・えつお)

プロフィール
CTOにおけるPCI治療を専門に手がけ、これまで多いときで年間200例以上の手術を行ってきた。近年は「YES Foundation」を設立。オンラインフォーラムを立ち上げるなど若い医師同士の交流を図ることで、CTO-PCI治療の裾野を広げる教育活動を展開している。

1989年 大阪大学卒業 大阪大学医学部附属病院 勤務
1990年 大阪逓信病院(現 第二大阪警察病院) 勤務
1993年 大阪府立成人病センター 勤務
2004年 豊橋ハートセンター 勤務
     ※在籍中の2005年に米コロンビア大 客員助教授


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