小児がん治療の確かな進展の裏には、弛まぬ努力と不屈の想い

 2020年3月に名古屋小児がん基金の小島勢二先生に取材を行い、私たちは小児がん治療における課題と現実を知ることとなった。その後、世界はCOVID-19による未曽有のパンデミックに陥り、医療の現場は現在もなお逼迫した状況が続いているものの、小児がんと闘う医師たちは決して歩みを止めてはいない。国内では年間2,000~2,500人の子どもが小児がんと診断されており、その中には高額な治療費の問題により治療を受けることができずに失われていく命があることを私たちは忘れてはならないのだ。

 今回は、名古屋小児がん基金のコロナ禍での歩みと小児がん治療における進展について小島先生に2回目の取材を行った。

守るべきは命か法律か。誰がための医療なのか

 日本国内の小児がん治療につきものなのが「ドラッグ・ラグ」という言葉だ。治療薬の国内承認が海外よりも遅れることを指すこの言葉は、日本の小児がん治療にとって、長年の課題になっている。

 もちろん、諸外国にとっても小児がん治療に照準を合わせた治療薬の開発は、決して簡単ではない。そもそも小児がんは成人のがんに比べて圧倒的に症例数が少なく、希少がんであるケースも多いため有効な治療薬が開発されにくいという側面がある。しかし、その現状を踏まえても日本は海外に比べて小児がんの治療に使用できる薬の数が圧倒的に少ないのだ。

 その理由のひとつに法整備の遅れがある。2000年に入り、米国とEUでは成人用の薬剤を開発するにあたって、小児向けも同時に開発することを義務付ける法律が施行された。加えて、小児がん治療の薬剤開発にさらに勢いをつけるため、米国では2017年、がん治療薬を開発する企業に対し、小児用の薬の開発を義務付ける法律が制定された。日本では、再審査期間(※1)の延長など一定の措置は講じられているが、小児用薬剤の開発を法的に義務付けるような制度は存在しない。

 名古屋小児がん基金の小島勢二先生は、このような小児がんを取り巻く環境を改善していくために基金を設立し、2022年には6年目を迎えた。小島先生はこれまでの活動を振り返り、小児がん医療の発展にとって、地域に根差した基金が必要であることを改めて力強く語る。

ヨーロッパや韓国、シンガポールなどでは、小児がん基金に関与している医師が大勢います。健康保険のない国でも、基金で寄付を募れば高度な治療を多くの子どもに施すことができますし、患者さんのご家族だけでは賄いきれない高額な治療費も基金でカバーできます。日本でも各都市に小児がん基金があるべきだと私は思っていますので、活動を通して私たちの取り組みを伝え続けてきました。

 2020年に続き、2回目となる今回の取材時点(2022年12月)でも、日本における小児がん治療の実態は、先述のとおり諸外国と比べて恵まれているとは言い難いだろう。しかし、一歩ずつ着実な前進を続けていることも確かだ。小島先生がこの10年ほどにわたり、開発に関わってきたCAR-T細胞療法(※2)をめぐる状況も、着々と進展している。

経済活動に幼い命を巻き込むべきではないという切なる思い

CAR-T療法はさまざまな種類のがんに対しても応用できると期待されています。白血病治療において高い効果が期待できるCAR-T療法ですが、海外では固形腫瘍に対してもすでに臨床試験が始まっており、固形がんの患者さんに実際にCAR-T療法を用いて、有効性が報告された例も挙がっています。私たちはCAR-T療法を安価で小児がん治療に応用していくことを目指して研究を進めています。

 小島先生はかつて難治性の白血病を抱える女児の主治医を務めていた。国内には有効な治療法がなかったため、当時米国で臨床研究が行われていたCAR-T療法に治癒の可能性を見いだしたが、必要とされた費用は1億5,000万円という金額だった。この莫大な費用の捻出は寄付を募ることで解決できたが、米国の病院は日本人症例の経験がなかったため受け入れに消極的だった。その結果、女児はCAR-T療法を受けることができないまま亡くなってしまったという、医師として苦い経験がある。

そのとき、小児がんに有効な治療法を国内でも、そして自分たちでも行えるように開発しなくてはいけない、と強く思いました。その実現のためには、製薬企業が主導で行う治療薬の開発ではなく、自分たちが主体となって取り組んでく必要があります。CAR-T療法の治療薬は高額なことでも知られていますが、実は製造コストはそれほど高額ではなく、開発費や特許などがコストの大半を占めています。だったら、医療平等を目的にしている私たちの手で、製造コストだけで治療薬を提供できるようにしていきたい、そういう考えに至ったのです。

 海外の大手製薬企業が製造したCAR-T細胞療法の治療薬が日本で保険適用となったのは2019年のことだ。しかし、一回あたりの投薬に3,349万円という費用は医療財政を圧迫することが懸念されている。

 名古屋大学と信州大学により進められている安価なCAR-T製剤が特徴的なのは、piggyBacトランスポゾン法(※3)を用いているという点だ。製造・培養の工程が簡易となるため、従来のCAR-T製剤に比べ製造コストをも引き下げられると期待されている。

 2022年12月現在、国内にはまだCAR-T製剤を量産できる機関はない。しかし、国内での製造がかなえば「ドラッグ・ラグ」に次ぐ「海外発医薬品の高額さ」という小児がん医療の大問題をも乗り越える日が、大きく近づく。それこそが、小島先生が長年にわたって熱望してきたことなのだ。

小児科医として伝えていかなければならないこととは

 近年の小島先生の活動で注目を集めるのは新型コロナウイルス感染症に関する積極的な発言・メディアへの露出だ。さまざまな媒体への執筆などを通じて、発信を続けている。新型コロナウイルス感染症をめぐる言論は、その流行当初から、テレビや新聞などの媒体を限らず、さまざまな情報が入り乱れている状況だ。その状況下で小島先生は諸外国のものを含め確かなエビデンスに基づいた情報の発信を行っている。

 一例を挙げると、新型コロナウイルス感染症とインフルエンザを厚労省のデータを基に比較すると0~9歳では、100万人当たりの死亡者数が、インフルエンザは5.2人、新型コロナウイルス感染症は0.43人、重症者数にいたっては、インフルエンザが71.1人、コロナウイルス感染症は12.0人と大きな差があるという客観的な事実をありのまま伝えている。

これまでインフルエンザについては、なんとなく慣れてしまったような雰囲気が世間にあったと思います。しかし実際には、インフルエンザの方が子どもにとっては脅威であるということを考えておく必要があると思います。

また、子どもへの新型コロナワクチン投与について、発症を防ぐ効果は73.2%認められる、という報道があります。しかし、接種後に効果が出るまでどのくらいかかるのか、効果が持続する期間はどれくらいなのか、といった重要な点についてはほとんど触れられていません。

 小島先生が最も懸念していることは、はっきりしたエビデンスがないのにものにもかかわらず、子どもへのワクチン接種を進めているわが国の現状だ。

データを見る限り、小さな子どもにコロナワクチンが有効な期間は、せいぜい1、2カ月のようです。接種直後の副反応については皆さんもよくご存じかと思いますが、中長期的な副反応については分からないことも多く、保護者がお子さんのワクチン接種を躊躇するのは、無理もないことだと思います。

 2022年末時点で、日本での流行は第8波に入り、感染者数も高止まりが続いている。世代を問わず感染が広がる中で、子どもに焦点を当て、コロナウイルス感染症とワクチン接種に関する情報を発信し続けることは、小児科医としての使命感からくるものだと語る。

国境を越えて行き来する純粋な「命を救いたい」という願い

 名古屋小児がん基金の目的のひとつに、発展途上国の小児がん患者の支援がある。その活動の発端は、基金設立よりも以前の2004年頃、米国との戦争中だったイラクから白血病の患児が小島先生の勤務する名古屋大学医学部附属病院に治療を受けにきたことがきっかけとなっていた。

当時のイラクでは、医療機関が壊滅状態になっており、とくに非常に問題となっていたのが、戦争で用いられた劣化ウラン弾による放射能汚染の影響で小児がんの患者が急増していたことです。戦時下の医療機関では治療もままならず、白血病のお子さんのほとんどが短期間に亡くなっていました。その状況をなんとかしなければという思いから、名古屋に「セイブ・イラクチルドレン・名古屋」という支援団体が設立されました。白血病は治る病気であることを示して、現地の子どもたちとその保護者に希望を与えるのが目的でした。このことがきっかけになって、イラクの医師が愛知県内の医療施設へ研修を受けに来るようになり、これまでに、その数は50人に達しています。

 小島先生の下で学んだイラク人医師は多く、そのうちの一人がイラク初となる骨髄移植が可能な病院を2023年3月に完成させる予定だ。小児白血病治療の指導を受けた医師たちが、20年近くの歳月を経てイラク医療のフロントランナーとして目覚ましい活躍を続けていることを小島先生は目を細めて語る。

イラクの医師たちとは今でも親交があるので、若い世代の医師たちに骨髄移植の研修を受けさせるために名古屋大学で受け入れてくれないかと相談がありました。もちろん、できる限り協力したいと考えています。戦争により壊滅状態に陥ったイラクの医療が再生に向かっているのは、たいへんうれしいことです。

 名古屋大学では、タイ・バンコクのチュラロンコン大学に対するCAR-T細胞の製造技術の支援も行っている。

チュラロンコン大学では、安価なCAR-T製剤を自ら製造して、患者に投与する計画を立てていました。日本と同様に、タイでもCAR-T製剤の高額な薬価が問題になっていたのです。名古屋大学は、営利目的ではなく自施設の患者を治療対象とすることを条件に、無償での技術提供を決断しました。

 piggyBacトランスポゾン法でのCAR-T細胞製造技術はついに海を越え、タイでの臨床試験が始まり、2020年1月、再発難治悪性リンパ腫患者へ1例目の投与が行われ、同法で製造したCAR-T細胞が悪性リンパ腫患者に投与されたのは、これが世界初の例となった。その後も臨床の場での研究は進み、すでに数例の実績が蓄積されている。現在はベトナムの病院への支援も進んでおり、基金の活動は、すでに国外へも大きな影響を与え始めている。

発症させることなく治療し、新生児が苦しまない医療を実現する

 名古屋小児がん基金では、次世代シーケンサー(※4)による網羅的遺伝子解析により小児がんの原因解明や新たな治療法の開発を支援する「小児がんゲノムプロジェクト」が進行中だ。2017年から重い病気の萌芽を早期に見つけるための新生児マススクリーニング検査に次世代シーケンサ―を活用する試みを県内の医療機関と連携して行ってきたところ、重症複合免疫不全症(SCID)(※5)の早期発見にも成功している。

SCIDの患児は適切な治療をしなければ、1歳まで生きることが困難です。しかし、症状が出てから治療を開始していては手遅れになってしまうケースも多く、症状が出る前に診断し、治療を行うことが重要となります。SCIDは発症を未然に抑えることができれば、その後の成長に影響を及ぼすこともありませんから、次世代シーケンサーによって新生児段階でSCIDを発見・診断し、治療ができるということは非常に大きな意味を持っています。

 実際、名古屋大学では2022年3月までに10万人を超える検査を行い、典型的なSCID症例を2例診断し、発症前のSCIDに対して臍帯血移植を実施して成功している。また、次世代シーケンサ―は希少がんの診断にも効果をあげ始めている。名古屋大学ではNUTがん(※6)のような診断がつきにくい、判断の難しい症例に対しても、次世代シーケンサ―で遺伝子異常を発見することで、早期の診断と治療につなげた実績がある。高度な遺伝子診断が、希少がんの診療に大きな助けとなっているのだ。

私たち医師は、患者さんを過去の症例と照らし合わせることで診断していますが、症例数が極端に少ない希少がんについては、医師の経験値では診断に至る確証を得ることができません。つまり、希少がんは治療の手前にある診断が困難を極めるといえます。しかし、次世代シーケンサ―を用いることで希少がんとも戦えるようになりました。たとえば、有効な治療薬がなかなか見つからなかった小児がん患者さんを次世代シーケンサ―を用いて診断をしたところ、肺がんの治療薬が効果的なのではないかという仮説が立ちました。このような常識外の仮説は通常の診療ではありえないことなのですが、実際に肺がんの治療薬を投薬したところ、劇的な改善をもたらしたのです。希少がんでも、適切な診断さえできれば救える命があるのです。次世代シーケンサ―と遺伝子治療を組み合わせれば、これまで治療手段のなかった遺伝病も治療が可能になると思います。道は開かれています。しかし、問題になるのはやはりその治療費です。

 日本ではこれまでに10種類ほど遺伝子治療の薬が承認されているが、開発のペースは決して早いわけではなく、当然、保険適用までにも時間がかかる。そして、薬価についても一個人が支払うことは極めて困難だ。

多くの親にとって現実的ではないほど高額な治療薬だったとしても、わが子の命を救えるのならばなんとかしたいと思うことは当然です。もし、一部のお金持ちの子どもしか高度な医療を受けられないという事態になれば、平等が原則だったはずの日本の医療を、根本から変えてしまいかねません。経済的な理由で命が選別される未来が来てしまうこと。これが、私がもっとも懸念していることであり、避けなければならない未来だと考えています。

医療平等の基盤を守る、将来への歩み

 新型コロナウイルス感染症により「医療と無関係でいられる人などいない」という現実を突き付けられ、私たちの医療に対する意識は大きく変わった。海外製コロナワクチンの承認こそ例外的に早かったが、コロナウイルスだけが人類が克服しなければならない病ではない。小児がんをめぐる治療法の進歩や医薬品開発の進展は、確実に未来への希望となる。名古屋小児がん基金の活動は今後も続いていく。

地域に根差した小児がん基金というのは、いまだに日本のほかの地域では行われていません。全国的に活動する大きな組織はありますが、地域の子どもにフォーカスした活動は、なぜか非常に少ない。ただ、最初に申し上げたとおり、世界では広く行われていることですし、私自身、6年間活動をしてきて成果も出てきています。だからこそ、私たちの活動をひとつのモデルケースとして広めていきたいと思います。

理解が深まる医療用語解説

※1)再審査期間

 新薬承認時に得られた品質、有効性、安全性を改めて確認するために設けられた制度である「再審査制度」において、その再審査を行う期間のこと。医薬品の種類によって年数が定められているが、通常、厚生労働大臣によって指示がある。

※2)CAR-T細胞療法

 難治性のがんに対する新しい治療法。リンパ球中のT細胞はがん細胞の表面に現れる特異な抗原を認識して攻撃するが、がん細胞がその抗原を隠してT細胞に認識されにくくするなどして攻撃から逃れることがある。 そこで、患者から採血して得たT細胞に、がん抗原を認識するアンテナの役割を持つ特殊なタンパクを導入し、CAR-T細胞を作って培養させ、患者の体に戻すことで、これまでT細胞が認識できなかったがん細胞を確実に攻撃できるようになる。

※3)piggyBacトランスポゾン法

 ピギーバック転移酵素を用いた遺伝子操作法。ウイルスを用いないため、ウイルスを用いた製造法と比べて製造工程が少なくなり、CAR-T細胞を安価に製造することができる。

※4)次世代シーケンサ―

 2000年代後半に登場した画期的なゲノム解析装置。 従来方法に比べるとスピードが圧倒的に速く、 各DNA断片を数百万〜数億本同時並行で解析する。

※5)重症複合免疫不全症(SCID)

 生まれつき、体の中の免疫細胞がうまく働かず、感染に対する抵抗力が低下する病気。肺炎などの重篤な症状を繰り返しやすくなる。

※6)NUTがん

 胸部、縦隔、肺、鼻腔など、身体の正中線に沿ったどこにでも発生する可能性のある、進行性のがん。NUTM1 と呼ばれる遺伝子を含む遺伝子変異の存在によって定義されるが、これまで診断された症例数も少なく、この遺伝子変異が起こる原因はまだよく分かっていない。

プロフィール

名古屋小児がん基金理事長
名古屋大学名誉教授
小島 勢二

プロフィール
1976年、名古屋大学医学部卒業。 愛知県厚生連加茂病院、静岡県立こども病院、名古屋第一赤十字病院勤務を経て、 名古屋大学大学院医学研究科成長発達医学教授。 2002年から同大学小児科学教授。 専門は白血病や再生不良性貧血などの難治性血液疾患や、固形腫瘍の病因研究および診断や治療法の開発。 2016年、名古屋小児がん基金を設立し、理事長を務める。

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