手術支援ロボットの可能性を信じ、
泌尿器領域のがん手術を大きく前進させた立役者

数あるがんの中でも男性罹患数トップの前立腺がんをはじめ、膀胱がん、腎臓がんなど、泌尿器領域が取り扱うがんの種類は多く、病態・治療法もさまざまだ。

近年、この泌尿器領域のがん治療の現場に革新的な変化が起きている。「ダビンチ」と呼ばれる手術支援ロボットの普及である。これにより手術の際に患者にかかる負担が劇的に減り、体力的に難しいとされてきた高齢患者の手術も可能となった。

国内の泌尿器領域において、ダビンチによる手術をいち早く取り入れたのが白木先生だ。手術支援ロボットは医療にどのような変化をもたらしたのか。そして泌尿器領域のがん治療の今とこれからについて伺った。

開腹から低侵襲、そしてロボット支援手術へ。日進月歩で進化する手術の歴史

メスによる開腹手術は患者への身体的な負荷が大きく、高齢の患者は手術を回避せざるをえないケースも多い。そのため高齢化が著しい日本では治療成績の高さを追求するとともに、侵襲度(※1)の低い治療法の確立が急務となっている。

たとえ手術が成功しても、術後の回復に長い時間がかかるほど体力は減衰しますし、仮に寝たきりになれば肺炎などの合併症を併発するリスクも高まります。特に私が専門とする泌尿器領域のがんのうち、近年、患者数が増加の一途をたどっている「前立腺がん」は典型的な高齢者のがんです。開腹によるがんの摘出手術は体にかかる負担も大きく、手術に耐えられないという理由で他の治療を選択せざるを得ない方も多くいらっしゃいます。

従来型の前立腺がん手術には、侵襲度の他にも課題があるという。

手術の難易度の高さも課題です。前立腺は血液が集まる器官で、手術の際に血管を傷つけると大量に出血します。そのような繊細な手技が求められるにもかかわらず、体の奥深くに位置するため肉眼では細かい部分までとらえきれず、術者は指先の感覚を頼りに手術をするほかないのです。何事もなければ2時間程度、出血も100cc程度で済む手術ですが、患者さんによっては7時間以上、出血量が1万ccを超えるケースもありました。

切開創が大きくなるため侵襲度が高く、視野の狭さゆえ出血のリスクもあり手術には熟練を要する。これらの課題を解決したのが手術支援用ロボットだ。代表的なものに米国の「ダビンチ(※2)」がある。

内視鏡カメラによるクリアな3D画像と、さまざまな手術器具が取り付けられたロボットアームにより精密な手術が可能になりました。患者さんの体に小さな穴を開けるだけで前立腺がんの摘出が可能で、体形などの個人差による影響も少なく2時間程度で終わります。術中の出血もほとんどありません。独特な操作法やノウハウをしっかり習得すれば、熟練を待たずとも正確かつ安全な手術ができる画期的な製品です。

日本では2012年4月にロボット支援による前立腺がん全摘手術(腹腔鏡下根治的前立腺摘除術)が保険適用となり、以降、標準治療の低侵襲手術として急速に普及した。

手術の進歩を人間の移動手段の進化に例えると、従来の開腹手術は自らの足で歩いていた時代。その後に登場した腹腔鏡手術は自転車が発明された時代で、ロボット支援手術は自動車みたいなものです。開腹手術の時代から医師としての道を歩み始めた私からすると、隔世の感がありますね。

2008年、承認を待たずに「ダビンチ」をいち早く導入する英断

白木先生が医師としてのキャリアをスタートさせたのは1980年代半ば。当時は腎臓移植を研究していたという。

私が大学を卒業したころの死因トップは、脳卒中や心筋梗塞でした。今でこそ糖尿病や高血圧などのリスクファクターが判明していますが、当時はまだそこまで研究が進んでいませんでした。その中で「腎臓が悪くなると脳血管疾患にかかりやすくなる」ということはある程度わかっていたので、慢性腎不全の治療に役立つ当時最先端の腎臓移植を学ぼうと考えたわけです。

腎臓移植の肝となるのが免疫抑制だ。白木先生は1992年からの3年間、移植手術先進国の米国へ渡り移植時の拒絶反応をコントロールするための基礎研究に携わった。

ワシントン大学で研究員として活動する傍ら、泌尿器領域で行われていた腹腔鏡手術(※3)を初めて見ました。「小さな穴を開けるだけでおなかの中の手術ができ、患者さんへの負担が少ない画期的な術式がある」と聞き、関心を持ったのです。しかし黎明期だった当時の術式は現在のものと異なり、技術的な制約の多い難手術で、安全性も十分には担保されていませんでした。ただ、技術的な進歩が必要ではあるものの、コンセプト・方向性は非常に魅力的でしたから、近い将来大きな波となることを予感しました。

白木先生の予想通り、その後腹腔鏡手術は世界各国で標準化が進んでいく。帰国して数年が経ったころ、所属する泌尿器科でも扱うようになった。ダビンチによる手術はこの腹腔鏡手術を大幅に進化させたもので、初めて見たときのインパクトはとても大きかったという。藤田医科大学病院(当時は藤田保健衛生大学病院)では2008年にダビンチを導入し、2009年より臨床で使い始めた。これは国内で前立腺がん手術が保険適用される3年も前の話だ。

当時、海外ではダビンチの普及がすでに始まっていて、ロボットを使った手術のおよそ7割が泌尿器領域で行われていました。これは世界的に前立腺がんの患者数がとても多かったからで、日本国内ではまだそれほど多くない時期でしたが、この先必要になると判断し、承認を待たずに導入に動いたというわけです。

新たな治療法の可能性を追求し、オリジナルの術式を確立

早い段階からダビンチが前立腺がんの治療に使われ始めたのは、その機能が前立腺がんの摘除手術にマッチしていたためだ。

前立腺は周囲の血流が多い器官で、これまでの手術では出血に悩まされることも多々ありました。しかし精密な手術が可能なダビンチであれば出血が少なく、輸血が必要となる患者さんは全体の5%未満に抑えられます。

ロボットならではといえる精密な動きも大きな特徴だ。

おなかの中の最も奥深くに位置するサイズの小さい器官ですから、術野はかなり狭小になります。そのため従来の開腹手術では手元が十分に見えず、前立腺を摘出した後の膀胱と尿道の縫合が完全にできないなどの問題を抱えていました。その点、狭い部分での細かい手技を得意とするダビンチであれば正確かつ丁寧に縫合をすることができ、手術後に縫合部から尿が漏洩するリスクも少ない。機能温存や回復の早さという面でも非常に優れています。

患者の体形や前立腺の大きさなど、個人差の影響も受けにくい「再現性」の高さも強みだという。

どのような患者さんも予定した時間に手術が終わって、予定したタイミングで退院することができます。こんな治療が可能になるなんて、私が若いころには想像もつかなかったことです。

同じ病院内の消化器外科の医師とともに、ダビンチの導入に向けて動き出した白木先生。ロボットの支援を受けて行うというまったく新しい手術を、どのようにマスターしたのだろうか。

ロボットを開発したメーカーが定める技能習得カリキュラムがあります。まずはこれを受けるのですが、当時は米国で豚インフルエンザが流行していたこともあり、私はフランスで受講しました。帰国後も既にロボット支援手術に取り組んでいる医師からの指導を受けたり、当時まだサービスを開始したばかりのYouTubeにアップされていた米国の外科医の動画を見て、その手技を研究していました。

執刀医だけでなく助手を担う医師たちも含め、それぞれが身につけた知見を持ち寄り、何度もディスカッションを重ねてチームで技能の習得を図った。この訓練には3〜4カ月程度かかったという。

今までやってきた手術をダビンチならどう使えばできるか、どうすればやりやすくなるか。国内外の医師の学会発表や手術の映像を見ながら考え、消化していく過程で、少しずつ自分たちなりのやり方が見つかっていくわけです。例えば膀胱がんであれば、膀胱を全摘した後に尿を体外に排出する経路を新たに設ける必要があります。こうした尿路変更術をダビンチで行う方法などのオリジナルな術式を、自分たちなりに形づくり確立していきました。

再発しやすい膀胱がんに、遺伝子解析技術による新たな展望が期待される

2012年の前立腺がんに続き、2018年には膀胱がんの手術にも保険が適用された。これによりダビンチの活用範囲が広がったが、症例を重ねるうちに課題も多く見つかったという。

膀胱がんの開腹手術は非常に侵襲度が高く、特にご高齢の患者さんから敬遠されていました。ダビンチの登場でこういった患者さんに対しても手術が可能になった一方で、特異的な再発例というのが散見されるようになりました。かなり専門的な話になるので詳細は割愛しますが、ロボット手術先進国である欧米の医師の知見を集めながら術式を工夫したり、臨床研究を重ねつつ改善を図っています。現在はその多くに解決策が見つかったことで、ほぼ落ち着いている状況です。

そもそも膀胱がんは他のがんに比べて再発しやすい。それはいったいなぜか。

膀胱の内側は粘着質で、非常に付着しやすいという性質を持っています。だから腫瘍をきれいに削り取っても、膀胱内に漂っているがん細胞が表面につき、芽が出て膨らんでがんとして再発するということが起きやすいという傾向があるためです。

筋層まで深く浸潤している膀胱がん(※4)は、手術による膀胱全摘が標準治療とされている。しかしQOL(※5)に直結する器官であることから、温存を望むがん患者は非常に多い。そうした患者に対してはどのように向き合っているのだろうか。

抗がん剤と放射線治療を併用した温存療法も、一部の施設では行われています。しかし、先ほど述べた理由の通り再発率が高いため温存できる・できないというボーダーラインが曖昧なケースもあります。そのような患者さんが温存療法を選択した結果「やっぱりあのとき取っておけばよかった」と後悔することにつながりかねません。そのため、今はガイドラインに沿った膀胱全摘を選択せざるを得ない状況です。

ただ、現在この状況が大きく変わる潮目にあるという。

今は遺伝子解析が進み、膀胱がんにもいろいろなタイプがあることがわかってきました。この研究がさらに進めば「こういう遺伝子変異に起因するがんは温存できる」と確定的な診断ができるようになるかもしれません。遺伝子解析による治療成績向上という分野において、膀胱がんは今非常にホットなトピックですね。

膀胱がんを早期発見するために必要なこととは。

とにかく血尿があったらすぐに医師にかかるということ。痛みなどの症状がなくても、遠慮なく早めに受診していただきたいですね。

最新の知見をもって、敢然と病に立ち向かう

ダビンチが日本の泌尿器領域に導入されて十数年。現場ではどのような変化があったのだろうか。

既にロボット支援による手術が当たり前の時代になっています。もちろんすべての術式ではなく、泌尿器外科の中の特定の手術に限っての話ですが。逆に従来型の開腹手術は、腎移植など一部の手術でしか行われていません。それくらい標準化が進んでいるということですね。若い医師たちに対しても、今はダビンチから教育が始まるくらいです。

後進育成の面でも、ダビンチ導入のメリットがあるといえるのだろうか。

ありますね。手術時の映像を複数人でシェアしながら「ここはもっとこうした方がいいね」などディスカッションできますので、若い医師の理解と上達が早いです。従来型の開腹手術による前立腺の手術では、出血により術野が見えなくなるため、横で見ている医師は先輩が何をやっているのかよくわかりませんでしたから。対患者さんだけでなく、若い医師たちにクオリティーの高い教育ができるようになったことも大きな変化といえます。

2009年の臨床導入以来、藤田医科大学病院でのロボット支援手術数は3,600例を超える。しかし国内の導入台数は400台あまりにとどまっており、今後さらなる普及が待たれる。

医療機器の中でもかなり高価であるため、コストが普及の壁になっているといえます。ただ、今はダビンチが持つさまざまな特許が期限を迎え、国内外多くのメーカーが続々と新規参入しています。欧州各国や韓国、中国など多くの国のメーカーが競って開発していますが、私は国産の「hinotori™(※6)」の完成度が一番高いと感じています。今後はこのようなコンペティションにより機能や価格帯の選択の幅が広がることで、患者さんがより良い医療を受ける機会も広がるのではないかと期待しています。

「患者にやさしく、病気にきびしく」をモットーとする白木先生。その真意とは。

泌尿器領域はご高齢の患者さんが多いですから「手術はうまくいったけど従来の生活が送れなくなってしまった」というケースも起こり得ます。しかしそれでは一体なんのためにがんばって手術したのかわからなくなりますよね。そうした術後の暮らしも含めた患者さんに寄り添う医療の提供を目指すとともに、がんや病気に対しては常に最新の知見を追い求めながら敢然と立ち向かっていく。それが私の求める医療の形ですね。

理解が深まる医療用語解説

※1)CTO(慢性完全閉塞)

手術による切開などの外的要因により、体内の恒常性を乱す度合いを指す。これが高いほど患者への負担が増すため、治療成績や予後に悪影響を及ぼすケースも増加するとされる。

※2)ダビンチ(da Vinci)

米国Intuitive Surgical社が開発した手術支援用ロボット。医師はコンソールに座り、ロボットアームを操作して手術を行う。2000年に米国内で承認され、日本では2009年に製造販売が承認された。

※3)腹腔鏡手術

腹部に5〜12mm程度の小さな穴をいくつか開け、術野を見るための内視鏡や手術のための鉗子(かんし)などの手術器具を挿入。術者はモニターを見ながら切除などの手術を行う。

※4)膀胱がんの種類

膀胱がんはがんの深達度によって二種類に分けられる。筋層まで浸潤していないものを「筋層非浸潤性がん」、浸潤しているものを「筋層浸潤性がん」と呼び、それぞれ治療法が異なる。

※5)QOL(Quality of Life)

「生活の質」を意味し、病気により身体能力および機能が低下した際にいかに暮らしの質を保っていくのか、あるいは向上させていくかを包括的に考えた医療のあり方・取り組み。

※6)hinotori™(ヒノトリ)

川崎重工業社とシスメックス社による合弁会社「メディカロイド社」が開発した国内初の手術支援ロボット。2020年8月に製造販売承認を受け、同年12月に国内1例目となる前立腺がん摘出手術が行われた。

プロフィール

藤田医科大学病院
院長
白木 良一(しろき りょういち)

プロフィール
1984年 慶應義塾大学病院 研修医
1988年 国家公務員共済組合立川病院 医員
1992年 ワシントン大学セントルイス(米国)外科 客員研究員
1995年 藤田保健衛生大学医学部 泌尿器科講師
2000年 藤田保健衛生大学医学部 泌尿器科助教授
2009年 藤田保健衛生大学医学部 腎泌尿器外科教授
2014年 藤田保健衛生大学医学部 腎泌尿器外科講座教授
2016年 藤田保健衛生大学病院 副院長
2021年 藤田医科大学病院 病院長

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