コロナ禍で不安に陥るぜんそく患者へ。 呼吸器の専門医として、伝えなければいけないこと。

非常に身近で誰もが知る病気の一つであるぜんそく。 そして、ぜんそくは身近な病気であるがゆえに、 コロナ禍の影響を受けてさまざまな情報が氾濫している疾患であるともいえる。 「ぜんそく患者は新型コロナウイルスに感染しやすい」 「コロナ禍によってぜんそく患者の数は減っている」 誰もが気軽に情報を発信・受信ができる現代において、 情報だけが独り歩きを初め、ぜんそく患者やその家族の不安をあおってしまっている状況だ。 私たちは、コロナ禍だからこそ「正確な情報」を、「正しく知る」必要があるのではないだろうか。 今回は呼吸器の専門医として北勢呼吸器センターの初代センター長に就任された吉田正道医師に、 ぜんそく治療の現在地と呼吸器医療についてお話を伺った。

ぜんそくという疾患を正しく知る

気管支ぜんそくは呼吸器におけるポピュラーな疾患であり、 標準治療(※1)が確立されたコントロール可能な病気という側面もある。 しかし、ぜんそく患者数は近年増加しているとも言われており、 治療法は確立されながらも患者数が増加するという現象が起こっている。 ぜんそくとはどのような原因によって発症する病なのだろうか。

一般的にいわれているように、ぜんそくの多くはアレルギーが関与していることは間違いありませんが、 アレルギー以外が原因となる場合もあります。 近年、ぜんそくの病態解明も進み、大気汚染や喫煙、 感染症という要因がぜんそくをもたらすことも分かっており、 特殊なケースとしては肥満ぜんそくというものがあることも注目されています。 これは脂肪細胞が原因となり発症するぜんそくで、欧米の女性に多く見られる症状です。 また、ぜんそくの正確な患者数を測った統計データは日本にはありませんが、 期間患者数という目安になるデータを見てみると1960年から2000年にかけてぜんそく患者数が増えていることが分かります。 1960年代は小児・成人ともにぜんそくの有病率は1%程度でしたが、 2000年になると小児で10%程度、成人でも6~10%程度の割合に増加し、 2000年以降は横ばいで患者数は推移しています。

ぜんそくの治療法は進化し続けてきたが、なぜこれほどまでに患者数は増加してしまったのだろうか。

患者数が増加してしまった要因の一つとして挙げられるのは「住宅環境の変化」ではないでしょうか。 1960年代と比較して、現在は建物の高機密化が進んでいます。 また、住居にカーペットを敷くことが一般的になり、ダニが繁殖しやすい環境にもなりました。 他にも要因はさまざまあります。 たとえば、戦後の植林事業によるスギ花粉の増加で、気道にアレルギー性の炎症が起こりぜんそくを発症したり、 排気ガスなどの大気汚染も原因となる場合もあります。

進歩し続けてきたぜんそく治療の現在地

厚生労働省のデータによると、1995年時点では国内のぜんそくによる死者数は約7200名にものぼったが、 治療法が進歩し続けてきた結果、2015年にぜんそく死は約1500名まで減少している。 呼吸器専門医として第一線でぜんそく治療にあたってきた吉田医師に治療の進歩について聞いてみた。

ぜんそく治療にはステロイドが有効であることは昔から分かっていました。 しかし、ステロイドには副作用があるため、日本国内では投薬を忌避する傾向が強かったという歴史があります。 そのような背景から、日本はぜんそく治療に対して抗アレルギー薬の開発に力を注いでいったのですが、 イギリスでは「ステロイドをいかに安全に利用するか?」 ということに力点を置いて吸入ステロイド薬(※2)が開発されていったのです。 その後、抗アレルギー薬ではぜんそく治療に効果的でないことが示され、 イギリスで開発が進められていた吸入ステロイド薬は有効性が示されました。 結果、吸入ステロイド薬による治療法が普及したことでぜんそく死が減っていったのです。

一方では、ぜんそくには吸入ステロイド薬が効かない難治性ぜんそく(※3)は、 標準治療ではコントロールできないこともある。 難治性ぜんそくの治療法についてもさまざまな開発が続けられており、 その一つが気管支サーモプラスティ治療だ。 ぜんそく治療に対する非薬物療法であり、先進医療として注目されている。

ぜんそく患者さんの7~10%が吸入ステロイド薬では十分な効果が得られない難治性ぜんそくだといわれています。 そのような症状を持つぜんそく患者さんに対して有効なのが気管支の温熱療法、「気管支サーモプラスティ治療」です。 ぜんそくとは気管支平滑筋(※4)が縮むことで苦しくなる病気なので、 これを縮みにくくするという非薬物療法です。 具体的には、肺がんの診断などに用いられる気管支鏡を使い、 気管支を65度で温めることで気管支平滑筋を縮みにくくするといった治療法になります。 治療は三回に分けて行っていますが、これは処置中のぜんそく発作、 処置後のぜんそく発作を引き起こすリスクが考えられるためです。 また、気管支は細かく枝分かれしているため、すべての肺を一気に治療することはできません。 気管支サーモプラスティ治療は当初全身麻酔で行われていましたが、 術後せん妄(※5)や合併症のリスクをなくすため、近年では静脈麻酔、当院では局所麻酔で行うことが一般的になっています。

難治性ぜんそくを持つ患者にとっては希望となる気管支サーモプラスティ治療だが、 毎回の治療で入院の必要があり、その費用はどうしても高額になってしまうという一面もある。

難治性ぜんそくについても病態解明が進んでおり、 吸入ステロイド薬でぜんそくが十分にコントロールできない患者さんに対しては、 さまざまな生物学的製剤(※6)が開発されています。 もし、生物学的製剤でも症状が変わらないようであれば、 気管支サーモプラスティ治療も選択肢として考えてみてはよいのではないでしょうか。

ぜんそくと新型コロナウイルス感染症

基礎疾患を抱える患者にとって、新型コロナウイルス感染症への対策は常に頭を悩ませる問題だ。 しかしネット上には、さまざまな情報があふれかえっており、 知識を得ようとすることでより混乱してしまうことになりかねない。 吉田医師に、ぜんそく患者が知っておくべきことについて伺ってみた。

まず、ぜんそく患者さんが新型コロナウイルスに感染しやすいということも、 感染しにくいということもありません。 普通の人と感染リスクは変わりません。 ただ、ぜんそくが悪化し経口ステロイドを必要とする状態だと、 新型コロナウイルスに感染した際の重症化リスクを高めることになります。 こうしたリスクを排除するために、 ぜんそく患者さんは普段の吸入ステロイド薬を主体とした治療をしっかり行っていくことが重要です。 特に吸入薬は経口薬と比較すると服薬率が悪くなりがちなので、 忘れずに継続していただきたいと思います。 重症ぜんそくの患者さんは、経口ステロイド薬を服用するため、 ぜんそくよりも経口ステロイド薬の影響で感染リスクが高くなってしまいます。 従って、ますます普段の治療をしっかり行う必要があります。

コロナ禍においてぜんそくの患者数が減少しているというデータが出ているが、 どのような因果関係があるのだろうか。

確かに、ぜんそくによって救急外来を受診したり、 ぜんそく発作で入院する患者さんは激減していることは間違いありません。 減少している理由は「マスク」でしょう。 マスクを普段からしていることで、花粉などのアレルギー物質の吸引を防げますし、 冷気を吸い込むことによる気管支の収縮を防ぐことができています。 新型コロナウイルス感染症対策が、実はぜんそく発作の軽減につながっているのです。 これは、私たち呼吸器内科医にとっても新鮮な発見でした。 これまでぜんそく発作を抑えるための治療や服薬指導をしてきましたが、 マスクをして過ごすことにこれほどぜんそく発作抑止効果があるというのは驚きましたね。

「呼吸器専門医が少ない」という医療の課題

日本の人口 1,000 人当たりの医師数は2.4人。 単純計算で医師1人が400人以上の患者を診なければならず、 医師数の不足は慢性的に抱える医療現場の課題の一つとなっている。 その中でも、呼吸器専門医は消化器や循環器といった専門医の数と比べると突出して少ないという。

私立大学医学部と異なり伝統的に国立大学医学部の内科は臓器別に細分化されておらず、 第一内科、第二内科、第三内科…といったいわゆる「ナンバー診療科」になっていました。 それぞれの内科に配属された医師は、そこの科の教授が専門とする分野を専攻していくわけですが、 呼吸器を専門としている教授が少なかった。 これこそ呼吸器専門医が少なくなってしまった理由です。 研修医制度が変更されてからは、市中の基幹病院で初期研修を行う医師が増え、 徐々にではありますが呼吸器内科を選択する医師も増えてきています。

幅広い疾患に対応する呼吸器専門医だが、 その数が少ないことは医療現場における明確な課題になっている。 この現状はどのような問題をはらんでいるのだろうか。

呼吸器内科が他の内科と比べて特徴的なのは、 外来で受診する患者さんの多くが「せきが出る」「たんがでる」「息が切れる」など、 何かしら自覚している症状を抱えているということです。 「今、こんな症状があるからなんとかしてもらいたい」という思いを持って受診されるわけですから、 呼吸器専門医が少なければ対応しきれません。 これは医療現場においては大問題となります。

吉田医師自身も、 患者が抱えるさまざまな症状に対して応えられる呼吸器内科に魅力を感じて呼吸器専門医を志したという。 医師としてのキャリアを歩み始めた当時、呼吸器内科医を目指す医師は少数派だったものの、 三重県は四日市ぜんそくという公害病が社会問題になった歴史を持つことから、 呼吸器内科の必要性や重要性については昔から理解が深かったと感じていると語る。

患者の気持ちに寄り添った伝えた方がある

北勢呼吸器センターを立ち上げ、 呼吸器専門医として後進の育成にも力を注いできた吉田医師。 呼吸器専門医として特にどのようなことを重要視しているのだろうか。

呼吸器内科では、肺がんや結核などよくない病気が発見されることもあります。 バッドニュースの伝え方は非常に重要で、伝え方次第で医師と患者関係は悪化してしまいます。 よくないことが自身の体で起きていることを、 まずは理解できるようにコミュニケーションを取ることが呼吸器専門医にはとても重要であり、 患者さんが受け止めることができるように段階的に病状を告知していくこともあります。

患者本人の予想しなかった深刻な症状は、二次健診で見つかるケースもあるという。

レントゲンやCTといった画像診断は、 見る医師の技量によって診断結果が大きく左右されます。 呼吸器内科は画像診断をする力を持っていないと務まらない分野であるため、 二次健診を受ける際はできるだけ呼吸器専門医のいる施設での受診をお勧めしています。

呼吸器の専門医としてのキャリアを歩み続けてきた吉田医師に、 今後の展望を伺ってみた。

呼吸器内科はがん、感染症、アレルギー、人工呼吸器が必要な集中治療など、本当にジャンルの広い領域を診る診療科で、 在宅医療においても呼吸器内科が関与する部分が大きいと思います。 後進の育成には今後も力を入れ、 当院から優れた呼吸器内科医を多く輩出することで三重県の医療に貢献していきたいと思います。

理解が深まる医療用語解説

※1)標準治療

研究によって効果や安全性が確かめられ、現時点で最も推奨される治療法。 標準治療は一つだけとは限らず、複数の治療法が示されている場合もある。

※2)吸入ステロイド薬

気道の炎症を抑え、ぜんそくによるせきの発作などを予防する吸入薬。 ぜんそく治療において中心的な薬剤となっている。

※3)難治性ぜんそく

吸入ステロイド薬に加え、各種薬を使用しても安定化せず、 内服ステロイドの使用が必要なぜんそくを指す。

※4)気管支平滑筋

気管支の内腔を取り囲むように存在している一種の筋肉。 収縮することで内腔が狭くなり、ぜんそくの発作を引き起こす。

※5)術後せん妄

手術後1~3日たってから、急激に錯乱、幻覚、妄想状態をおこし、 1週間前後続いて次第に落ち着いていくという症状。高齢の患者に起こりやすいとされる。

※6)生物学的製剤

タンパク質などの物質を応用して作られる薬。 感染症の予防に用いられるワクチン、ヒトの血液から作られる血液製剤などが生物学的製剤に該当する。

プロフィール

地方独立行政法人 三重県立総合医療センター
北勢呼吸器センター長
吉田 正道(よしだ まさみち)

プロフィール
・日本内科学会認定医/指導医、総合内科専門医/指導医
・日本呼吸器学会専門医/指導医
・日本アレルギー学会専門医
・日本呼吸器内視鏡学会気管支鏡専門医/指導医
・日本臨床腫瘍学会暫定指導医
・日本がん治療認定医機構がん治療認定医/暫定教育医

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