一人でも多くの子どもを小児がんから救おうと奮闘する医師

年間約2,500人の子どもが新たに発症し、現在16,000人近くの子どもたちが闘っている「小児がん」。

大人のがんに比べて患者数自体は少ないものの、予防ができない、発見や診断が難しいなど、問題は今も数多くある。その小児がんと、人生をかけて闘い続けている小島勢二氏に話を伺った。

子どもたちの「生きたい」という願いに応えるために

子どもの死亡原因の一つに「小児がん」が挙げられる。

1〜4歳児では不慮の事故、先天異常に続き第3位、5〜9歳では第2位、10〜14歳になるとなんと第1位となる死亡原因だ。日本では1日に二人の小児がん患者が亡くなっているが、小児がんの主なものは白血病で、脳腫瘍や神経芽腫、リンパ腫、腎腫瘍など、血液のがんである白血病やリンパ腫を除くと、大人とは発生部位が異なり、稀なものばかり。

小児がんの研究は飛躍的に進歩しているものの、症例数が少ないため確定診断が難しく、治療の開始が遅れることもある。あるいは、非常に稀な小児がんでは、そもそもこれといった治療法が確立されていないことも少なくない。また、小児がんは患者である子どもの人生のみならず、両親など家族の人生までをも左右する。

この小児がんの治療・研究に長年携わり、2016年に「名古屋小児がん基金」を立ち上げたのが、名古屋大学名誉教授の小島勢二氏だ。小島氏が小児科医を目指した理由はいたってシンプルだ。

「さまざまな診療科で学びましたが、中でも小児科で治療を受けた子どもたちが、元気に走り回る姿を見て、『多くの子どもたちを、元気にしたい』と強く思ったことが小児科医となったきっかけだと思います」

難攻不落の難病とされてきた再生不良性貧血(*1)の治療方法を模索し、患者遺族らとともに開催した「阪本記念シンポジウム」では、再生不良性貧血における初の全国実態調査と共同治験研究の推進などを決議。

また、治療に有効な骨髄移植を一人でも多くの患者が受けられるよう、「骨髄バンク」の設立にも尽力した。これらは全て、患者やその家族らの「生きたい」という強い願いと、小島氏をはじめとする医師らの「治したい」という強い使命感が組み合わさり、実現したものである。  

名古屋大学病院は日本で最も多くの小児がん患者を受け入れている病院で、毎年100人以上の患者が新たに来院する。

「これまで、研究グループと診療グループが文字通り一丸となって、『従来の治療では治らない患者を、どうしたら助けられるか』と共通の使命感を持って研究と治療にあたってきました。研究で得られた成果をすぐに日々の診察に反映することができる施設は、実は全国でも稀です。

けれど、全国に15カ所ある小児がん拠点病院の中で名大病院が第1位の評価となっているのは、その体制のおかげだと思いますね」

「名古屋小児がん基金」設立への強い想い

近年では、医療・製薬分野での研究が進み、がんの治療薬も開発されているが、日本では未承認薬で、かつ超高額であることが多い。

2019年に発売された、急性リンパ性白血病や悪性リンパ腫の新薬は、日本では5月から保険適用が決まったことで話題を集めている。1回分の薬価は3349万円に決まり、さらに入院費や検査費用などを含めると総額は4000万円以上になるという。

「この費用をポンと捻出できる家族が、一体どれほどいるでしょうか?薬があるのに、お金がないから救えないなんて、医師としても悔しいし、家族はもっと悔しいでしょう。幸い、現在のところは小児がんの治療費は我が国では全額が公費で負担されますが、いつまでこの制度が維持できるかも心配です」

言うまでもないことだが、小児がんにかかった子どもには何の罪もない。もちろん、その親にも何の罪もない。

一部の富裕層の子どもにしか必要な薬剤を使えないのは、子どもの医療については平等であることが原則だった日本の医療の根本を変えることになると小島氏は警鐘を鳴らす。

「経済的な理由で命が選別されてしまう未来は、なんとしても避けなければならない。そんな強い想いから、小児がんの新規診断法や治療法を開発し、安価に提供できるよう、『名古屋小児がん基金』を設立しました。

『医療』は全ての子どもに、『平等』でありたい、これは同基金が立ち上げに際し掲げた言葉です」

同基金は、治療法の不確立や経済的な問題、行政や法律上の問題など、さまざまな壁が立ちはだかり治療を受けられず亡くなってしまう子どもを一人でも減らし、より多くの子どもを救えるよう活動している。

他にも、同基金のミッションとして患者申出療養制度(*2)を活用し、保険適用のない薬剤を入手して必要な患者に投与することや、発展途上国での小児がんの子どもを支援することを掲げている。

高額製剤として話題の「CAR-T細胞療法」とは? 実は、低価格製剤もある

CAR-T細胞療法(*3)とは、遺伝子操作が加えられたリンパ球中のT細胞による、新しいがん治療法である。小島氏はここ数年、CAR-T細胞療法の開発に携わってきたが、そのきっかけとなったのが、2013年の出来事だ。

「名古屋市在住の2歳の女の子の主治医を務めていました。その子は急性リンパ性白血病と診断されたのですが、その時、他のどんな薬も効かず、唯一の希望として残されていたのが、CAR-T細胞療法でした。

しかし、その治療が可能なのはアメリカだけという状況に加え、無保険での治療のために1億5千万円という治療費の支払いを要求されたのです。

それでも諦めることはできませんので、両親やその同僚たちが寄付を募り、1週間で1億もの寄付金が集まりました。けれど結局、治療を受けることができないまま、女の子は亡くなってしまったのです」

その時の悔しさ、やるせなさ、言葉にできない気持ちをバネに、日本でのCAR-T細胞療法の開発を目指してきた。その甲斐もあり、名古屋大学と信州大学が協力し、製造法を工夫することで、より安価なCAR-T製剤の開発に成功している。先述した急性リンパ性白血病などの新薬もCAR-T製剤の一つだが、日本で開発された治療法の費用は、検査費も含めて100〜200万円ほど。

特許料が不要なことや、培養に必要な無菌室など名古屋大学にある既存設備を使用したため、新たな設備投資が不要だったという点は大きいが、製薬企業のCAR-T製剤の薬価には疑問が残ると小島氏は言う。

「高額になる理由として、患者それぞれに合わせてオーダーメードするからだといわれていますが、
実際の製造原価はそれほどかかりません。
特許料や工場の建設費用が上乗せされているのでしょう」

小島氏は現在、日本で低価格のCAR-T細胞療法が受けられるよう臨床試験を開始しており、最新治療を必要とする患者へ届けられるシステムの構築を模索している。  

ところで中国では、CAR-T細胞療法の臨床数は世界1位を誇っており、年間200人以上の治療と高い寛解(症状が落ちついて安定した状態)実績をあげている。小島氏は中国のチャン・ルンジ教授とCAR-T細胞療法についての共同研究の契約を取り交わし、国内での治療が可能となるまでの間、中国での治療の道筋を示した。

名古屋大学病院では、これまでに4人の小児がん患者の治療を中国・北京小児病院に依頼し、現在4人全員が無病生存中である。ここでの治療は、複数回の投与であったにもかかわらず、CAR-T製剤の費用はおよそ100万円だったそうだ。

全ゲノム解析が可能となる画期的な「次世代シーケンサー」

近年の研究により、白血病を含む小児がんは、遺伝子異常によって引き起こされるということが明らかとなった。そのため現在の診断法は、がん細胞の中の遺伝子を調べることで異常を特定し、投薬などの治療が行われている。

「ヒトの遺伝子は30億塩基からなりますが、従来の解析方法(サンガー法*4)では1000〜1万塩基の解析が限界で、頻繁に異常が発見される遺伝子だけを優先的に選んで解析するという方法が採られてきました。そのため、解析で選択されなかった遺伝子に異常がある場合、薬が効かなかったり、治療の開始が遅れたりする弊害が見受けられたのです」

名古屋大学病院で導入されている次世代シーケンサー(*5)は、一度に1兆塩基を解析できる画期的な解析システムで、これにより全ゲノム解析が実施できる。

そのため、特に稀な遺伝子異常も発見することが可能で、実際に従来方法での診断と次世代シーケンサーを使った診断とでは異なる結果となった例も少なくない。

「この解析システムのおかげで、より正確な診断や、特定の遺伝子の異常を標的とした薬剤を投与することもできるようになります。

事実、標準的な化学療法で寛解が得られなかった患者に対し、特定遺伝子を標的とする薬剤を投与したことで、寛解へと導いた症例もあります。小児がんは特定の病気ではなく、子どもがかかる全てのがんの総称ですから、種類が多いため、全ての遺伝子を調べる方法が最も有効となります」

次世代シーケンサーによる解析検査は、これまで発見されていない新たな遺伝子異常をも見つけ、それらに有効な治療法を探し出すこともできる。つまり、目の前にいる患者の治癒だけでなく、将来の患者に対する新たな治療法の開発にもつながっているといえるだろう。

治療が平等に受けられない日がやってくる?日本の医療の問題点

日本ではご存じの通り、国民皆保険制度がしかれている。

しかし、医療技術の発達や少子高齢化などにより国民医療費は増加傾向にあり、現在の仕組みでは維持できないとされている。そんな状況の中、数千万円以上の薬価で新たな遺伝子治療薬が承認され保険適用となれば、国の負担となり、財政に重くのしかかる。

「今後、遺伝子治療薬が保険診療で使われるようになれば、日本の保険財政が破綻することは、火を見るよりも明らかです。国民皆保険制度は日本の素晴らしい制度です。これはなんとしても維持しなければなりません」

最近開発された新薬の多くはアカデミアやベンチャー企業が開発しており、大手製薬会社が初めから開発した製剤は少数だ。今、日本は成長戦略という名の下に、投資家が製薬会社へ出資し、高額な新薬を開発・販売するという、いわばアメリカ型の医療を目指している。遺伝子治療を新たなビジネスチャンスだと捉える動きも少なくない。  

一方、ヨーロッパではアカデミアが一般から寄付金を募って研究費を集め、自分たちの患者のために新たな治療や製剤を研究開発し、安価に提供するという仕組みが確立されている。投資家の思惑に振り回されず、患者のために研究開発を行うという、医療の本来の姿だ。名古屋小児がん基金も、より多くの患者を救うため、ヨーロッパ型医療を目指していると小島氏は語る。

「医療の発展の成果を、一部の裕福な人々のためだけや、ましてやマネーゲームのために使われることは絶対に阻止しなければなりません。私たち医療従事者は、一人でも多くの患者を救うために日々の研究や診療を行っているのですから」

理解が深まる医療用語解説

(*1)再生不良性貧血

血液中に存在する白血球、赤血球、血小板の全てが減少する難病。これらの血球は通常、骨髄で作られているが、 再生不良性貧血の場合、何らかの原因により血球が作られず、貧血や感染による発熱、出血などが起こる。

(*2)患者申出療養制度

未承認薬など先進医療を利用したい場合に、患者が申請することによって保険の範囲内の診療行為であれば保険適用することができる仕組み。例えば、未承認薬を使用すると診察費や検査費など全てが自己負担となるのに対し、同制度を利用すれば診察費など一部の医療行為は保険適用となり、自己負担額を低く抑えることができる。

(*3)CAR-T細胞療法

難治性のがんに対する新しい治療法。リンパ球中のT細胞はがん細胞の表面に現れる特異な抗原を認識して攻撃するが、がん細胞がその抗原を隠してT細胞に認識されにくくするなどして攻撃から逃れることがある。そこで、患者から採血して得たT細胞に、がん抗原を認識するアンテナの役割を持つ特殊なタンパクを導入し、CAR-T細胞を作って培養させ、患者の体に戻すことで、これまでT細胞が認識できなかったがん細胞を確実に攻撃できるようになる。

(*4)サンガー法

ゲノム解析方法の一つ。DNAを一つずつ順番に読み取っていくため時間がかかる。そのため、異常が起こりやすい遺伝子のみを選択し、解析することが多い。

(*5)次世代シーケンサー

2000年代後半に登場した画期的なゲノム解析装置。従来方法に比べるとスピードが圧倒的に速く、 各DNA断片を数百万〜数億本同時並行で解析する。

プロフィール

名古屋小児がん基金理事長/名古屋大学名誉教授
小島 勢二

1976年、名古屋大学医学部卒業。
愛知県厚生連加茂病院、静岡県立こども病院、名古屋第一赤十字病院勤務を経て、
名古屋大学大学院医学研究科成長発達医学教授。
2002年から同大学小児科学教授。
専門は白血病や再生不良性貧血などの難治性血液疾患や、固形腫瘍の研究および治療。
2016年、名古屋小児がん基金を設立し、理事長を務める。

取材先

今回はこちらを訪れました!

一般社団法人 名古屋小児がん基金
〒460-0012
名古屋市中区千代田5-11-33 ST PLAZA TSURUMAI 本館4階B号室
TEL:052-263-6995